卒業生x校舎長対談 卒業生x校舎長対談

8月末に問い合わせ、9月頭に入塾、受験日はわずか82日後――。

長野市の竹内瑠輝さんは、信州大学教育学部附属長野中学校(以下、信大附属中)の合格を目指して、まつがく長野駅東口校へ入塾。プロサッカー選手を見据えた受験なので、サッカーの練習はやめないという前提があり、はじめから制約の多い中学受験がはじまります。「ふつうは不可能」という合格までの道のりを支えたのは、本人のメンタルの強さと体力、そしてご両親の惜しみない協力と時に厳しい言葉がけでした。

お母様、万全のサポートで伴走した鶴吉雄一郎校舎長とともに、82日間の奮闘を振り返りました。

竹内瑠輝さんのデータ

●出身小学校/長野市立裾花小学校 ●これからの目標・夢/将来の夢はサッカー選手。憧れのプロ選手は三苫薫選手

小6・8月

8月28日にまつがくに問い合わせ

9月

体験、面談を経て9月4日にまつがく長野駅東口校に入る。小5から小6・1学期までの出題範囲を、算数はatama+、国語はスタディサプリで学習を進める。通塾ペースは週7日。サッカーとの両立で、1回あたりの学習時間は1~2時間

10月

スタディサプリをつかって出題範囲の理科・社会の学習を進める。並行して作文を週1、面接練習を週3で進め、さらに毎週4科目のテスト(まつがくEX模試や月テストの過去問)と復習も行う。受験までサッカーの平日練習は休むことに

11月

作文・面接練習は・4科目テスト&復習を毎日こなす。特に4科目テストと復習は、どのテストでも85点以上取れるまで行う。受験日は11月25日

12月

12月7日に通知が届き合格。12月末までまつがくを休む

1月~

サッカーの練習の合間に中学の予習として数学・英語をatama+で進める

1. 残りの時間を全部ください

小6の9月に入塾

鶴吉

瑠輝くんがまつがくに問い合わせをしてくれたのは、8月28日でした。最初はご自宅に近い安茂里校に連絡をくれたんですが、中学受験希望ということで、長野駅東口校で面談をすることになりました。

お母様

鶴吉先生、驚かれましたよね。

鶴吉

びっくりですよ。

竹内

小4でやめてしまったんですが、学研の教室に通っていたことがあります。今回は信大附属を受験したくて、お母さんと一緒に「塾ナビ」で調べました。atama+もスタディサプリも使えて、自分のペースで進められるまつがくにしました。

お母様

信大附属の受験は、小4の時に本人が言い出したのが最初だったと思います。信大附属の見学や説明会に行っていました。

竹内

僕はサッカーをやっていて、三苫薫選手が好きです。三苫選手と同じ筑波大学に行ってプロになりたいという夢があります。筑波大学に行くためには長野高校に行きたい、そのためには信大附属と考えました。

お母様

まつがくに入る前、6年生のはじめに模試は1回受けていたんです。

竹内

ひどい点数でした……。

鶴吉

サッカーを続けるのが大前提というご希望でした。火・水・土・日は練習があります。「残りの時間は全部ください」とお伝えして受験プランをお出ししました。サッカーの練習がある日は、学習時間は2時間も取れません。学校が終わったら20時まで練習、まつがくに来るのが20時20分頃で21時半まで勉強。帰宅してお風呂に入って寝るという生活でしたね。超短期な上にサッカーという縛りもある中で、本当によくがんばりましたよ。

休日はナシ! 週7日の受験勉強がはじまる

お母様

自宅から長野駅東口校までは車で10分、サッカーの練習場から長野駅東口校までは20分から1時間かかることもありました。車の中で覚えなければならないことを暗記しながらお弁当を食べてまつがくに行って、本当によくがんばったと思います。

鶴吉

週7日ですからね。昭和の詰め込み教育と同じで、あり得ないほどの過酷さです。瑠輝くん、よく心が折れませんでしたね。

竹内

……本音では、勉強はやりたくなかったです(笑)。

鶴吉

(笑)

お母様

(笑)

鶴吉

葛藤は伝わってきていましたよ。だからよく来てくれるなと思って見ていて、瑠輝くんが来ると「よく来たね!」と毎回言って出迎えていました。

竹内

鶴吉先生のその言葉は支えになっていました。まつがくは毎日開いていて、先生はいつも褒めてくれます。

鶴吉

最初の1か月は、算数はatama+、国語はスタディサプリで学習を進めてもらいました。ただ、それだけだとどうしても足りないので、紙教材も大量に渡して自宅でもやってもらっていましたね。こちらから渡しておいてなんだけど、家での学習時間はどうやってつくっていたの?

竹内

朝6時に起きて40~50分学習してから学校に行っていました。

鶴吉

10月からは社会と理科をスタディサプリではじめてもらって、作文は週1本、面接は週3回進めていました。それに、まつがくEXテストや月テストの過去問題を4教科分やって、その復習も。

竹内

作文は最初ぜんぜん書けなくて。

鶴吉

最初は宿題でやってきてもらっていたけど、慣れてきたら教室で、初見のテーマを20分の制限時間で書くようにしてもらっていました。

竹内

それでも十分な回数ではなかったので、キツキツでした。面接は回数をこなしてできるようになりました。

鶴吉

長野駅東口校では瑠輝くんのほかにもうひとり信大附属を目指していた女子がいました。ふたりで集団面接のように面接練習したこともありました。彼女は瑠輝くんより早く入塾して受験勉強をはじめていたから、面接の完成度にびっくりしたでしょう。

竹内

ヤバいと思いました。

2. 受験後の“ごほうび”で勉強をがんばれた

強いメンタルと体力が支えに

鶴吉

ふつうはこんな超短期での合格はまず無理です。この対談を読む人は、「こんなに短くても合格できるんだ」とは思わないでくださいね。瑠輝くんはメンタルがとにかく強かった。どんなにサッカーの練習で疲れていても、寝ないんですよね。ふつうは運動して体力を使い切った後だと、机に向かいながら舟をこぐもの。苦手な問題に取り組むならなおさらです。うとうとしない瑠輝くんを見て、メンタルが強い子だなと感じていました。

お母様

体力はあるほうだと思います。自分の好きなサッカーを続けながらだったからできたのかなと。これがもし、サッカーはやめて受験に全力投球することになっていたら、こんなにがんばれなかったと思います。

竹内

それもあるけど……受験勉強中はゲームができなくて、「受験が終わったらいっぱいやっていいよ」と言われていたのが大きかったです(笑)。

お母様

平日は1日1時間という決まりだったんですけど、いつの間にか勝手にロック解除してやるようになっていました。

竹内

受験が近くなると、ゲームをやっていたら怒られていました。終わったらたくさんできる、ならやるかなと思って勉強していました。

鶴吉

気が緩んでお父さんから喝を入れられたこともあったみたいですね。

竹内

1か月くらい前だったかな。

お母様

最後の1か月はさすがに「やらなくていいの?」「終わるの?」と言っていました。鶴吉先生からは「いつまでにこれだけやりましょう」というスケジュールを聞いていたので、私のほうが不安になっていました。

中学受験合格の秘訣は「母親の狂気」!?

竹内

10月に小6でいちばん大きなサッカーの大会がありました。ここまでは、サッカーの練習のペースを落としたくなくて。この大会が終わってから、平日は一旦サッカーの練習を休んで受験勉強にあてました。

鶴吉

それでもギリギリで、本当に綱渡りでした。お母さんはお勤めしていらっしゃるので、送迎は大変だったんじゃないでしょうか。

お母様

そうですね。送りは私で迎えは夫という感じで分担していました。家で勉強はなかなかできないので、塾できちんとやれればと思って送迎していましたね。

鶴吉

お母さんとお父さんはすごく応援してくれたでしょう。

竹内

応援してくれるけど、やらないとヤバいので。鬼です。ヤバすぎてあぶない人になっていました。

鶴吉

鬼になるのはお父さん? お母さん?

竹内

お母さんです。

鶴吉

それはどこのお母さんも一緒ですよ。受験の中でも中学受験は保護者の方のサポートが不可欠です。だから中学受験合格の秘訣は「母親の狂気」だと思っているんです。お母さんの協力と、時に修羅になる気迫ですよ。

お母様

やるからには受かってほしいという思いはありました。本人が希望していることなので。瑠輝のお姉ちゃんは中2で受験は経験していません。だから、今回が私たち親にとっても初めての経験だったんです。私たちは勉強面ではほとんどサポートできないので、鶴吉先生にご指導いただいて本当に助かりました。

3. ご両親の協力あっての合格

あとはやるだけ

鶴吉

入試直前2週間前のテストでは、8割を確実に得点できる教科が出てきていました。たまに理科・社会でやらかしていたかな。

竹内

60~70点台を取ることがありました。

鶴吉

面接と作文は早めに完成していたので、そこは安心材料でした。受験の前日、ちょっとしたアクシデントがありました。

竹内

その日はたまたま学校が休みで、13時に教室に来たんです。でも開いていなくて。

鶴吉

私は別校舎で会議に参加していたので、お父さんからお電話いただいて、慌てて教室に戻りました。平日13時に教室に来る生徒さんはまずいないので、すっかり油断していました。

竹内

この日はあんまり根を詰めると眠れなくなると思って、20時頃までやろうと思っていました。

鶴吉

前日もいつも通りのルーティンでしたね。テストをやって確認して、できなかった問題を繰り返す。ここまでやりきったんだから、本番はそのまま行け! と言って送り出しました。

竹内

家族からも「あとはやるだけ」と言われました。

鶴吉

当日はどうでしたか? 面接がすごくうまくいったと言っていましたね。

竹内

面接は手ごたえがありました。他は……終わったなと思いました。できない問題がけっこうあって、これは85点も取れていないなと。

鶴吉

85点は100%合格というラインだからね。4教科400点満点で310~320点、平均で78点が合否を分けるラインです。私は五分五分だなと思っていました。普段通りやっていれば合格できるだろうと。

お母様

帰宅してから、書けない問題があったというようにあんまりいいことを言っていなかったので、これは残念な感じになるかな……と受け止めていました。

竹内

受験が終わった直後は、解放感はまったくなくて「ヤバいな」と思い続けていましたね。

鶴吉

合格通知が来た日はどうでしたか。

竹内

学校から帰ってきたらポストに封書が届いていました。家族みんなが揃ってから開けたかったので、開いたのは20時頃だったかな。

お母様

鶴吉先生からお電話いただく直前でした。

鶴吉

お母さんの声のトーンが軽やかで、すぐに合格だと分かりました。本当に嬉しかったですねぇ。この合格はご両親のおかげですから、お母さんに感謝をお伝えしました。

お母様

合格後は、本人の希望で12月末までは塾をお休みさせていただきました。

鶴吉

合格したらすぐに中学の予習をはじめるのが通例なので、不安もありました。でも、本当に過酷な2か月でしたから心がしんどくなっているはずと思って、お母さんからのお電話に「分かりました」とお返事しました。1月8日から英語と数学をはじめて、春休み中に中1範囲を終わらせるのが目標です。通塾も週7からサッカーの練習の合間に来るペースに変わりました。

竹内

数学は動画で分かりますが、英語がもう分からなくなっています……。

鶴吉

信大附属の英語の授業は日本語を一切使いません。

竹内

えっ?

お母様

えっ?

鶴吉

まあまあ、英語の予習は3月までに何とかなればいいかなと思っています。サッカーは当然続けるんだよね。

竹内

はい。ただ、他のチームも経験してみたいので、今のクラブチームとは違うところに移るかもしれません。

初心を、チャレンジする心を忘れないで

鶴吉

過酷な2か月を経験して、どうでしたか?

竹内

最初はまだ3か月、2か月あると思っていたんです。でも残り1か月になった時に、もっと早くやっておけばよかったと思いました。

鶴吉

これは瑠輝くん以外の人にも伝えていることだけど、人は最長でも100年くらいしか生きられなくて、一生はあっという間に終わります。だからこそ、チャレンジするのが後悔しない生き方になると思うんです。自分の欲しいものは手に入れてほしい。

私は南米のパラグアイで生まれてアルゼンチンで育ちました。アルゼンチンの義務教育は小学校までで、中高は一貫教育です。サッカーをやりたい人は中学には行かず、すべてをサッカーにつぎ込みます。サッカーで活躍できれば貧しさから這い上がれますから、みんな必死。本当の“修羅”ですよ。日本ではそこまで過酷な生き方をしなくて済む。だから気持ちだけはそれくらいの必死さ、がむしゃらにやって絶対に取りにいく気持ちでいてほしいな。日常生活でも、自分で決めたことは必ずやる。プロの意識ですよ。それが生き方になっていくんじゃないかな。

この対談も、瑠輝くんが初心を忘れないように定期的に読み返してほしくてお願いしたんですよ!(笑)

竹内

まつがくで受験勉強を経験したことで、やりきる力がついたように思います。あと、できるまでやれば結果はついてくることも分かりました。中学に入ってもまつがくは続けるので、次の目標の長野高校合格に向けてがんばります。

鶴吉

瑠輝くん、本当によくがんばりました。私もいい経験をさせてもらって感謝しています。今の信大附属はレベルが上がっているので200人中100人が長野高校に進学します。筑波大の合格も楽ではありません。そして、瑠輝くんが目指しているプロサッカー選手の門戸はもっと狭い。J1の選手になれる確率は東大合格より低く、日本代表に選ばれる確率は東大理Ⅲ合格よりも低いと言われています。本気で取りにいきましょう!