卒業生x校舎長対談 卒業生x校舎長対談

中学時代からまつがく大町教室に通っていた横山さん(大町岳陽高校卒)は、
高校受験での悔いを糧に大学受験までの時間を歩みました。
自分の力ではどうにもならないことに直面したときに、人はどうやって未来を切り拓いていけばいいのか――。
とても難しい問題です。

横山さんは最後、通っていた高校初という快挙を成し遂げました。
決して平たんな道のりではなかった横山さんの4年半。
主に数学を教えながら間近で見ていた大町教室の丸山圭祐先生と振り返ってもらいました。

横山さんのタイムライン

中学時代

高校受験に向けて塾に入りたいと考え、友人に勧められて中3夏にまつがくへ入塾。
体調を崩して塾を休みがちだったが、来られた日は集中して勉強。
他の生徒の2倍の量の宿題も必ずやってきていた

高校受験

志望校の松商学園と豊科高校が不合格で、二次募集で大町岳陽高校の普通科に合格。
国立大学進学を目標に、まつがくの継続を決める

高1

高校に入ると体調は安定。学校での試験の順位は、高1では常に10番以内

高1夏

高校の夏休みの宿題として、習っていない範囲の数学が出された。
早々に終わらせて、その単元の問題が全て解けるようになるまで、違う問題集を何回も繰り返した

高1冬

まつがくから出た数学の問題集1冊をすべてこなす

高2秋

茶道部の会計役を引き受け忙しくなったが、学校の試験では5番以内をキープ

高2
1月全国模試

苦手だった数学で初めて校内1位に。数学が得意科目になる

高3夏

志望校を信州大学に決める。大学を目指す中で公務員になりたいと夢を膨らませる

信州大学
公募推薦

9月、信州大学の公募推薦を受けることを決める。
高校とまつがくの両方で、面接練習や志願理由書の添削をしてもらう。
高校で先生に「普通科から公募推薦に合格するのは難しいから、そんなにがんばらなくてもいいよ」と言われたり、面接練習で猛烈なダメ出しをされたりして不安が募る

11月下旬

悔いの残らないかたちで、公募推薦当日を迎える

公募推薦後

一般入試に向けて、より集中して勉強に打ち込む

12月上旬
合格発表

大町岳陽高校普通科では初の、公募推薦での信州大学合格という快挙を達成

波乱の高校受験

負けず嫌い

丸山

まつがくに入ったのは中3の夏だったよね。

横山

学習塾に行きたいと思って探していた時に、友だちがまつがくに通っていたので、「じゃあ、行こっか」みたいな感じでまず体験に行って、決めましたね。それまでは、学習塾や家庭教師についたことは一切なかったです。

丸山

当時はまだアタマプラス導入前だったので、一般的な個別指導で分からないところを僕が教えていました。ただ、横山さんの場合はあんまり僕のほうから教えることはなかったですね。

横山

塾用の教材で解説と練習問題をやって、困った時だけ先生に聞く感じですね。

丸山

宿題はたくさん出していました。それで次の授業の時に横山さんが「宿題多すぎ!」と笑いながら言ってきたから、僕が「少なくする?」って返したら、「負けた気がするから嫌だ!」って(笑)。横山さんには、他の生徒の2倍の宿題を出していたんだよ、実は。

横山

そうなんですか!?

丸山

僕の中ではしっかりやってきてもらいたいというのがあったのと、横山さんはさっき話したやりとりの通り、プライドが高くて負けん気が強いから、きっとやってくるだろうと踏んでドンと出していました。もちろん、同じ量を出したら気持ちが折れてしまう生徒さんもいるので、そのあたりは個々の性格を見ながら調整していましたが。

横山

頑固でプライドが高いのは自覚があるかも……。数学でも解けない問題があるのが嫌で。「もういいや、次の問題に行こう」というふうにはできないんですよね。

本当に悔しかった

丸山

高校受験は、公立は豊科高校、私立は松商学園の両方で不合格になって、本当に悔しい思いをしたね。豊科高校は、横山さんの学力からするとレベルを下げている状態だったんだけど……。

横山

そうですね。中2まではけっこういい成績が取れていたんですよ。なので、その時に目指していた高校はもう少し上のレベルを目指していました。中3で体調を崩して学校を休むことが増えて思い通りに勉強できなくなって、「勉強しなきゃいけない」と思っても体がついていかない感じでした。

丸山

入試の点数は、取れていたんですよね。考えられるのは内申点かもしれません。体調を崩して学校を休みがちになったことが影響したのかも。でも、正直そこまで厳しく見られるとは思っていませんでした。松商を受けたのも、私立なら内申点をそこまで厳しく見ないだろうという考えがあったからでした。内申点は公立のほうが重視するというのはよく知っていたので。

横山

悔しかったですね。今は仕方なかったと割り切れていますけど、当時はそうとう悔しかったです。

流されないようにと心に決めた

丸山

二次募集で大町岳陽高校に受かったと電話をくれたんだよね。その時、「高校受験は本当に悔しい思いをしたから、大学受験は何があっても豊科高校や松商学園の生徒に負けたくない! ここより上のレベルの学校の生徒にも負けたくない!」と言っていて、それで僕は「絶対に何があってもこの子を信州大学以上の国公立大に入れよう!」と強く思いました。

横山

私、啖呵切りましたよね。覚えていますよ。高校受験が不本意な結果に終わったので、高校は入学した時から勉強をがんばる3年間にしよう、周りに埋もれず流されないようにしようと心に決めていました。たとえ友だちが勉強しなくても、私は勉強しないといけないとずっと思っていました。

丸山

普通なら流されてしまいそうになる場面だよね。

横山

心が折れそうになったこともあります。「もう(勉強)嫌だな」と思った時もありました。だから、自分に嘘はつかないでやっていました。定期テストが終わったその日は勉強せずに好きなことだけして過ごしたり、疲れを感じたらちょっと休んだり。

高校では常に学年10番以内をキープ

夏休みのありえない宿題

丸山

高1の夏休みの宿題が……。

横山

学校の夏休みの宿題として、1学期に数学Ⅰのまだ学校で習っていない単元の全範囲の課題が出されたんですよね。

丸山

驚きました。

横山

いまだに謎ですね。基礎から応用までの問題がびっしり載った分厚いプリントを「夏休みに解いてきてね」と渡されたんですけど、教科書でぜんぜん習っていないので、ちんぷんかんぷんで。まつがくで丸山先生に教えてもらって、どうにかこうにか終わらせることができました。塾に行っていない人はどうしたんだろう……。

丸山

あの時の大町教室は、岳陽に通っている子はみんな同じ状況だったから、僕がみんなにわーっと教えていた記憶があります。横山さんはほぼ毎日のように来て2時間くらい勉強して、誰よりも早くその課題を終わらせていました。

横山

そして、丸山先生から「黄色チャート1冊やってきてね」と追加の課題が。

丸山

まさか本当にやってくるとは僕も思っていなかった(笑)。

横山

さすがにチャートを出された時は文句言っていました。「これ終わらないよ!」って。

丸山

結局、それも全部やってきていたね。授業数も誰よりも取っていたんじゃないかな。

横山

丸山先生は答えを全部教えてくれることはないんですよね。分からないところの解説をお願いしたら、「こうなって、こうなって……じゃあ、次はどうなる?」と途中で必ずこちらに聞いてくるんです。

丸山

ほとんど教えないで「考えて」って言っているだけだよね。僕自身が、マンツーマンで失敗している人間なんです。中学時代の学習塾で、ただ聞いた通りにやっていると考えないし、点数も伸ばせなかった。あと、まつがくに入る前は県外で塾講師をやっていたんですが、その時もつきっきりで教えた生徒さんのほうが点数の伸びが低かったんです。そんな経験から、本人が考えないと意味がないと思っています。「大人になったら答えのない問題を出されるんだぞ。だから考えないとダメでしょ」という話をよくしてるよね。

メリハリをもたらした部活動と、よきライバルと

丸山

大町岳陽に入ってからは、学年で5番以内をキープしてたよね。

横山

1年の時は10位以内だったこともあります。同じクラスで仲のいい女の子がライバルで、その子と競っていました。

丸山

いいライバルがいてよかったね。

横山

そうですね。その子も高校受験で悔しい思いをして、二次募集で入学した子だったので、意識が高かったです。

丸山

部活は何部だったっけ?

横山

茶道部でした。放課後は週2回部活に行って、それ以外の日はまつがくに行くという生活でした。

丸山

たしか、2年の時は部活で何か役職についていたよね。勉強との両立が、すごく大変だったんじゃない?

横山

2年の2学期から会計をやっていました。でも、私の中では高2がいちばんバランスよかったと思っているんです。部活がいい息抜きになって、他の日は勉強をがんばるというメリハリがありました。だから集中しやすかったし、実際に成績もその頃がいちばんよかったという印象があります。

丸山

模試で、都立大学でB判定が出ていたよね。

横山

「都立大、行けるかも!?」という話を丸山先生としたのを覚えています。

高2の全国模試で校内トップに

丸山

そして、高2の1月の全国模試で、数学で学年1位になった。

横山

そうでしたっけ?

丸山

僕はすごくよく覚えているよ。

横山

覚えていないです、私。

丸山

それで、「数学メインでいこうぜ」という話をしました。

横山

そうでした、入試の二次試験は数学でいこうという話をしましたね。

丸山

僕が数学科出身の人間ということもあって(笑)。

横山

私はもともと文系だったので、中学の時も「数学と理科を教えてください」と言ってまつがくに入塾しました。丸山先生に聞くなら数学、でしたね。

丸山

僕の場合、数学が得意だったというより、数学しかできなかったというのが正確なところです。なぜこの公式が成り立つのかというようなことがとても気になる人間だったんです。先生になりたかったので教育学部という選択肢もあったんですが、数学の教授法よりも根本的なところを知りたくてあえて理学部に行きました。

信州大学の公募推薦への挑戦

コロナ下の受験生活は自分との闘いだった

丸山

「二次試験は数学」で盛り上がっていたんだけど、高3の夏以降、数学の成績が思うように伸びなくなってきて。「夏にあまり勉強しませんでした。さぼりました」と言っていたよね。ちょうど新型コロナウイルスが流行り出して……。

横山

高3になってから落ち着かない環境になりましたね。

丸山

まつがくも電話で対応していた時期もあって。

横山

私は、学校に行けなくなったのがいちばん大きい影響でした。岳陽はオンラインのリアルタイム授業ではなく、「ネットにアップされた講義動画を1ヵ月以内に見て課題をやる」という形式だったんです。そうなると、「いつでもできる」「早起きしなくてもいいや」となって、生活リズムが崩れて勉強もさぼりがちに。完全に、自分との闘いになっていましたね。

丸山

まつがくの教室も5月、6月まで閉めていたからね。

横山

そこで気が緩んでしまったかな……。クラスメイトとはやりとりはしていたんですけど、受験に関しては温度差がありました。高3になるとほぼみんな推薦入試を狙って準備していたので。クラスの女子の中では、私ひとりだけが共通テストを受ける予定という状況でした。

丸山

大町岳陽は普通科と学究科に分かれていて、普通科の進路はかなり幅広いからね。

横山

ひとりでいるのが苦痛ではないタイプなんですが、孤独な闘いはつらかったです。

丸山

進路の違うクラスメイトとはどんな関係だった?

横山

「あいつ勉強してるよ」みたいな冷やかす感じはなくて、みんな優しかったです。高3の秋ごろになると、授業の間の10分休みでも英単語帳を開いていたんですが、友だちはそういう時にそっとしておいてくれました。でも、時々おしゃべりする時はちゃんと相手してくれて、友だちには恵まれていましたね。ただ、競い合える子はいなかったかな。ライバルだった子も進路を私立大学に変えていたので。

進路を決めて大きなチャレンジに踏み出す

横山

夏以降、数学が伸び悩んだこともあって、進路を県内の信州大学に決めました。

丸山

公務員になりたいということも言っていたよね。

横山

前から考えてはいたんですけど、「こういうことがやりたい!」という夢は特にないし、安定を目指して公務員になりたいから信大の経法学部に行きたい、という流れでしたね。

丸山

信大に入ると長野県内で公務員になりやすい、ということはあると思います。そして、信大の公募推薦を目指すという大きなチャレンジをしました。推薦入試には大きく分けて指定校推薦と公募推薦があって、公募推薦は学校長の推薦と、評定3.8以上が受験のための必須条件。さらに、指定校と違って受験しても合格するかどうかはまた別の話という厳しさが。

横山

私が受験した年の倍率は、たしか3倍でした。

丸山

現役生が「チャンスがあるなら」と受ける人が多いね。まつがくでも公募推薦を受ける人は少しずつ増えています。11月の中旬に試験があって、12月の頭に合格発表。年内に国立大の進路が決まるのは嬉しいよね。

傷心の10月、11月

横山

志願理由書と面接が必要で、高校では先生に面接の練習をやってもらっていたんですが、猛烈なダメ出しをしてきた先生がいて……。

丸山

覚えていますよ。

横山

あまり関わりがなかった先生なんですが、面接の練習の時に開口一番「それじゃ受からないよ」と言われ、「うっ」となってしまいました。よかった点を挙げてくれたり改善点のアドバイスをしてくれたりは一切なく、とにかくダメ出しの嵐でした。

丸山

その日は、塾に来た時の顔が明らかにいつもと違っていたので、「あ、これはまずいな。何かあったな」と直感して、すぐに別室に呼んで話をしました。

横山

まつがくは入塾した時から、困っている様子を察知した先生から声を掛けてくれることが多くて、とてもありがたかったです。この日はボロ泣きしましたね。

丸山

ボロ泣きしたね。すごくよく覚えてます。

横山

話そうと思って口を開いた瞬間泣いてしまって。今思い出しても、泣けてきます……。

丸山

僕は怒りしかなかったですよ。公募推薦が難しいのはよく分かっているので、受かればラッキーという気持ちで受けようという話は横山さんとしていたし、一般入試も視野に入れながら勉強していたよね。そんな時になぜ心を折りにくるんだと、本当に残念でした。すごいチャレンジではあるんです。難しいチャレンジだからこそ、ダメだった場合のダメージを和らげたいという気持ちが学校の先生にはあったのかもしれないけれど……。その前から、まつがくでも面接練習をやろうという話をしていたので、面接練習はがんばりました。

横山

志願理由書の添削も、何回も見てもらいましたよね。

丸山

志願理由書は、なぜ志望するのかをけっこう長めの文章で書くもので、かなり重要です。今後、志願理由書のようなエッセイ的なものを書かせる入試は間違いなく増えていくと思います。「なぜこの大学じゃないとダメなのか」「自分が入学したらこういうふうになりますよ」という点をアピールして書こうという話をしていました。最初の頃、横山さんは「将来の夢が云々」と書いていたんですけど、僕からは「この内容だと、他の大学でもいいってことにならない?」とダメ出しさせてもらいました。

横山

そういうやりとり、ありましたね。

丸山

「なぜ信大を選んでいるのかが分からない」と言って、何回も書き直してもらいました。

横山

やれることはやっていましたが、それでも公募推薦の試験日前日まで先生の前でも何回も泣いて、「多分受からない」と弱音も吐いていました。

丸山

僕は、「自分が悔いの残らないようにやってきなさい」ということしか言っていないです。結果は結果としてありますが、やってみたこと自体が無駄になるなんてことは一切ないですから。10月、11月のこの時期、いちばん大変だったよね。

横山

いちばん大変でした。いつも塾の送迎をやってくれていた母は、いつもそっと見守ってくれる感じで。泣き言をいうと「がんばれ」と応援してくれるんですが、基本静かに送迎してくれるんです。母にもたくさんお世話になりました。

高校(普通科)初の快挙

横山

前日も、いちばん最後に先生のところに行って面接練習をしてもらって、「がんばれ」という言葉をもらいました。なぜか分からないんですが、会場に行ったら急にモードが切り替わって「落ちたら一般入試でがんばろう」と、受かったらいいなくらいの気楽な気持ちで行けました。面接がZoomだったこともあって思ったほど緊張せず、ワーッと言いたいことを言って、気づいたら終わったという感じでした。前日までさんざん泣いたり弱音を吐いたりしたのもよかったのかもしれません。あと、例年だと口頭試問があるんですよ。「√49はいくつですか?」「ここにある漢字をすべて読んでください」「この英語を訳してください」といったごく簡単な問題なのですが。今回は面接がZoomになったこともあってか、口頭試問がありませんでした。

丸山

そして、公募推薦の試験の後は、火がついたね。

横山

自分でもすごかったと思います。急に人が変わったというか、スイッチが切り替わった感じでした。

丸山

集中力が違う感じでしたね。限られた時間の中で、共通テストに向けてすごく集中して勉強していました。

横山

公募推薦の合格発表当日は、学校がある日でした。ネットで先行して発表されるので、お昼休みに友だちと一緒に「これ、本当に番号合ってるよね?」と言いながらスマホで確認して。まず母に連絡して、先生にも連絡して。

丸山

僕は教室のパソコンで確認して、人目もはばからず泣いてました。本当に嬉しくて、自然に涙が出てきて。

横山

学校の担任の先生も喜んでいました。

丸山

驚きもあったんじゃない? 翌日から、学校内で「普通科から信大合格者出たんでしょ?」って話題になっていたくらいだから。発表の当日は、放課後にまつがくにも来てくれて、一緒に泣いたね。

横山

「やったー!」って、ふたりでぽろぽろ泣いてましたね。嬉しかったのと、あとは安堵ですね。よかった、やってきたことが無駄じゃなかったと思って、とにかくホッとしました。

丸山

その後は、共通テストまではやろうかという話になったんだよね。

横山

それで共通テストを受けたんですが、リラックスしすぎたのか……。

丸山

過去最低点くらいの……。

横山

ひどい点数を取って帰ってきましたね。

丸山

びっくりしたけど、でも「もういいよ」って言って。合格して進路は決まっているんだから。

可能性は無限

丸山

コロナ下での大学生活はどう?

横山

信大の授業はほとんど対面ですね。前期は一般教養でしたが、後期からミクロ経済学や統計学をやっています。経済学は想像していたより数学の世界ですね。高校時代、数学をがんばっていてよかったです。推薦で入ったので勉強についていけないかもしれないという心配もあったし、レポートのように高校まではなかった課題が出ますが、真面目にやればなんとかなりそうかな。毎日楽しくて、信大に行ってよかったです。

丸山

僕が横山さんから受け取ったのは、「可能性って無限なんだな」ということですね。高校のレベルで進路が決まるというのは、確かにそういう面も否定できませんが、もしかしたら勝手に設定されたハードルなのかもしれません。横山さんは、本当にがんばれば叶えられるということをいちばん教えてくれた生徒さんです。もちろんチャレンジせずに妥当なレベルを選ぶことが悪いわけではないし、冒険できない事情もよく分かります。でも挑戦したいという人には、それをやること自体に価値があると思います。横山さんについては何の心配もしていなくて、体調に気をつけてということだけ。そうだ、今度手伝ってほしいことがあるんですが。

横山

まつがくでのアルバイトですね(笑)。

丸山

僕たち講師には難しい、勉強ではない部分でぜひ生徒さんをサポートしてください。苦しい経験もして、受験を乗り越えた横山さんにしか伝えられないことがありますから。